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気落ちしている


おはようございます。

昨日母方の祖父が永眠しました。
15時くらいに母が祖母に呼ばれて家に行ったときにはもう息を引き取っていたそうです。
余りにも衝撃的で早くてついこの間会ったばかりだったのでまだ実感が湧いてません。父方の祖父母はもういないのですが、沖縄に住んでたのもあって全然会ってなかったからそんなに辛くはなかったし言葉は悪いけど特になにも思ってなくて、いなくなっちゃったんだなとただそれだけだった。だけど近くにいて最近は頻繁に会いにいって話もしていたからその分辛さが違う。
母は外面的にはそんなにショック受けてないみたいで私のほうがショック受けてることを笑ってたんだけど、本当は辛いんじゃないんだろうか。いろいろ忙しくてそれが終わったら崩れちゃうんじゃないんだろうかってそっちも心配だしまだ祖母が健在なのでまた気落ちしてごはんも食べなくなっちゃうんじゃないかって考えると自分の中で容量オーバーしそうだ。

今年に入って祖父母に会いに行くたびにまだ元気なのに形見分け始めてて私に今まで集めてた動物のフィギュアとかを、これがこういう動物であそこの棚に入ってるのが…って教えてもらって少しずつ渡されてた。少し大きめの棚に入ってるやつはそのまま棚ごとあげるからなと言われててそれはまだいいよ、まだ元気じゃんあと数年は大丈夫だよって話をしてた。
その矢先にこれはないよ。まだ色々話したりとかいろんなとこに連れてってあげたりとかしたかった。深海水族館行きたいねとか話てたからもう一緒に行くことはないんだなぁ。
従兄弟(伯母の家族)が一緒に住んでたから毎日会うってことはないけど月一は必ず行ってたと思う。
従兄弟とはそんなに仲良くはなかった感じでたまに会う私の兄弟を可愛がってた感もあったから向こうの家族はどう思ってんだろうな…そこまで人の心や気持ちがわかるわけじゃないから推測しかできないけどね。

ネットで訃報を見ても「ああそうなんだ…もう見れないんだ」って漠然とした気持ちになるけど映像が残ってる限りは声も聞けるし動いてるとこも見れるけど、知人肉親だと写真しか残ってなかったりそれもなかったりするから『もうどこにもいない』『二度と会えない』っていうのを確信してしまって聞けるのは思い出だけだし自分の記憶に残るその人もいつしか薄れて改変されてしまう。
それがすごく悲しいしいつか乗り切って忘れてしまったりするのは寂しいし辛い。忘れたくないのにまだまだ人生は長いからどこかで思い出や記憶から消えてしまう。
すごく詩人的な言葉になってしまうけどそれが全てだし絶対に忘れないよっていう約束なんて突き通せるわけじゃない。新しいことや楽しいこと、次にまた誰かいなくなってしまったら前のことが上書きされてしまいそうだ。

今まで人が死ぬ映画やアニメや小説を見て楽しんでいたのに肉親となるともう誰も死んでほしくないと思うのはエゴでしかないよね。こんなことを書いておいてまた人が死ぬ映画を見て面白かったと思ってしまうんだよ。

葬式は一週間後になってしまうんだけどそれまで少し落ち込んでいるかもしれないです。区切りはつけられないけど祖父と一緒に行けなかった深海水族館に行くためにお金貯めて写真持って行こうと思います。それまで頑張ります。
忘れないためにこのブログを書きました。
嫌な思いをした方、本当にごめんなさい。


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落ち着いたらまたイカイプとかやろうな

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